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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)1932号 判決 1967年1月26日

原告 東京都商工信用金庫

右訴訟代理人弁護士 本林譲

同 川田敏郎

同 林展弘

被告 小島昭久

右訴訟代理人弁護士 小坂重吉

被告 幸島良男

右訴訟代理人弁護士 樋口光善

主文

原告の被告小島昭久に対する第一次請求ならびに予備的請求、被告幸島良男に対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

<全部省略>

理由

第一、被告小島に対する第一次請求および被告幸島に対する請求に対する判断。

一、成立に争いのない<省略>を総合すると、訴外有限会社玉名工業は昭和三六年六月頃設立されたが、その代表取締役である被告小島は、設立の当初から代表取締役としての権限を、取締役である訴外柿添昭徳に一任し、訴外会社の業務執行を代行せしめていたこと、訴外柿添は、訴外会社の代表取締役の権限を代行して、昭和三六年八月一七日、原告との間に(一)、訴外会社が原告から手形貸付または手形割引を受けたときはその都度手形金に相当する借入金を負担するものとすること、(二)、訴外会社において原告に割引を依頼した手形の支払人が支払を拒絶した場合は原告の請求ありしだい訴外会社において買戻すこと、(三)、訴外会社において期日に債務の支払を怠ったときは、期日の翌日から支払の日にいたるまで日歩六銭の割合による約定遅延損害金を支払うこと等の約定を含む手形取引約定(甲第一号証はその取引約定書)を締結したこと、原告は右の約定にもとづいて訴外会社から原告主張にかかる約束手形四通を割引取得したが、右の約束手形はいずれも振出人に支払を拒絶されたため、原告は昭和四一年二月四日、書留内容証明郵便で右約束手形四通の買戻金合計金八四三、六〇〇円と各約束手形の支払期日から支払済みにいたるまで前示約定にもとづく遅延損害金の支払を催告し、右郵便は同月一一日訴外会社に配達されたこと、訴外会社は右の買戻金支払債務のうち、被告小島に対する第一次請求原因(二)、の(一)の約束手形について金二、〇五〇円と全債務に対する昭和四〇年一月四日までの遅延損害金を支払った(以上の支払を受けた事実は原告において自認するところである)に過ぎないこと、が認められるのであり、この認定に反する証拠はない。

二、(被告小島の保証について)

原告は、訴外有限会社玉名工業が前示のように原告に対し負担する債務について、原告、被告小島間に連帯保証契約が成立していたと主張するが、このような事実を認めるに足る証拠はない。

すなわち、前掲甲第一号証の取引約定書を調べてみると、右の約定書は、原告と訴外会社間に締結された前示の手形取引約定の文言が活字によって印刷されているほか、末尾に「東京都商工信用金庫御中」と原告の名が印刷されていることにより、空欄となっている主債務者他、連帯保証人(二名)および日付欄のみを約定締結の当事者が補充することによって手形取引約定書として完成する原告備付の取引約定書用紙によって作成されており、右約定書の当事者欄には借主すなわち主債務者として有限会社玉名工業代表取締役小島昭久の記名押印がなされているほかに、連帯保証人欄の冒頭に「東京都杉並区阿佐ケ谷三丁目卅一番地、小島昭久」と被告小島の氏名がペンを用いて手記され、その名下に「小島昭久」なる丸印が押捺されていることを認めることができる。しかし、右の印影が被告小島の印章によって顕出されたものであることは被告小島において認めるところであるけれども、証人柿添昭徳の証言、被告小島本人尋問の結果によると、右の甲第一号証中の被告小島の署名および押印は、訴外柿添昭徳によって作成ならびに顕出されたものであり、同訴外人は、当時名目上訴外有限会社玉名工業の代表取締役であった被告小島から訴外会社の業務の執行を一任されるについて、被告小島から実印を預かり、同訴外人において保管していたものであるが、右のように実印を預かるについては、被告小島から同被告の個人としての行為には使用しないように固く断わられていたのにもかかわらず、前示のように原告と訴外会社間の手形取引約定を締結するに際し、被告小島に無断で、同被告が個人をして訴外会社が右の約定を負担すべき一切の債務を負担して保証する旨の前記署名押印をしたものであることが認められるのであり、この認定を左右するに足る証拠はない。

以上認定にかかる事実によれば、前記甲第一号証中の被告小島名義の署名押印は、同被告の意思にもとづいて作成されたものとはいい難く、他に原告と被告小島間に原告主張の連帯保証約定が成立したことを認め得る証拠はないし、さらに訴外柿添昭徳が前示のような署名押印をするについて、被告小島個人のための代理権を有していた旨の主張ならびに立証も存しない。

してみると、被告小島に対する原告の第一次請求は理由がないといわざるを得ない。

三、被告幸島の保証について

(一)  被告幸島が、訴外柿添昭徳の依頼により前掲甲第一号証の取引約定書に連帯保証人として署名押印して訴外人に交付することによって連帯保証の意思表示をしたものであることは、被告幸島において認めて争わないところであるが、証人柿添昭徳の証言および被告幸島良男本人尋問の結果によると、被告幸島が前記のように署名押印をした当時、前掲取引約定書の持主すなわち主債務者の欄ならびに他の連帯保証人の欄は空白のままであったこと、訴外柿添昭徳は、それまで被告幸島が、訴外人の父の訴外柿添徳次が代表取締役に就任している訴外日東工業株式会社のためにしばしば保証をしていたところから、被告幸島に対し、あらかじめ訴外日東工業株式会社のために保証を頼む旨の締結連絡をしたうえ、被告幸島の自宅に前掲取引約定書を持参して、前示のように被告幸島の署名押印を得たものであること、被告幸島は、訴外柿添昭徳が従前訴外日東工業株式会社の経理事務を担当していた事実を知っていたところから、怪しむことなく前掲取引約定書に署名押印し、右約定書の押印にかかる被告幸島名義の印影が東京都大田区役所に届出済の印鑑いわゆる実印であることを証する印鑑証明書とともに訴外柿添昭徳に交付したものであり、被告幸島は当時訴外有限会社玉名工業が設立されていたことは全く知らなかったこと、しかるに訴外柿添昭徳は、被告幸島の意思が訴外日東工業株式会社の債務について連帯保証するところにあり、したがって前掲取引約定書の主債務者欄に訴外日東工業株式会社の名を記入すべきことが被告幸島の真意に合致するものであることを知りながら、同約定書の借主すなわち主債務者欄に訴外有限会社玉名工業の記名をし、前示のように被告幸島から交付をうけていた印鑑証明書とともに原告に交付したこと、おおよそ以上の事実が認められるのであり、他にこの約定を覆えすに足りる証拠はない。

以上認定にかかる事実にてらすと、被告幸島は、本件連帯保証については、訴外柿添昭徳に対し、主債務者の記名がない前記取引約定書に、主債務者として訴外日東工業株式会社の名を記入するだけの権限を与えたに過ぎないから同人に連帯保証契約締結に関する代理権を与えたものとは解し難いけれども、使者としての権限を与えたものと解することができる。してみると、被告幸島の本件連帯保証については、使者である訴外柿添昭徳が相手に表示の内容を変更して、本人である被告幸島の意思と違った表示をしたときにあたるから、被告幸島が第一次的に主張するように連帯保証契約が不成立であるとは解し難いけれども、原告に伝達された被告幸島の意思表示には錯誤が存したことになり、しかも前掲証人柿添昭徳の証言および被告幸島良男本人尋問の結果によると、訴外日東工業株式会社は被告幸島の長年の知己である訴外柿添徳次が代表取締役に就任している会社で資本金は金五、〇〇〇、〇〇〇円で従業員も四、五〇名を使用している会社であるのに反して、訴外有限会社玉名工業は訴外徳次の子である訴外柿添昭徳が事実上の業務執行に携っている設立後間もない資本金五〇〇、〇〇〇円の会社に過ぎなかったことが認められるのであるから、被告幸島の連帯保証の意思表示において、主債務者が訴外日東工業株式会社であるか、或いは訴外有限会社玉名工業であるかは右意思表示の要素を構成すると解するのが相当であり、前示のように訴外柿添昭徳によって原告に表示された訴外有限会社玉名工業のためにして連帯保証の意思表示には要素の錯誤が存したものというべきである。

(二)  ところで、訴外柿添昭徳が前示のように被告幸島から与えられた権限外の訴外有限会社玉名工業を前掲取引約定書に記入したことについて、原告は民法第一一〇条の類推適用により、被告幸島はその錯誤を主張し得ないものと主張するのでこの点について検討する。

使者が完成された意思表示の単なる伝達機関に過ぎない場合と異なり、本人から一定の権限を与えられていて、しかも、その権限外の行為をすることは、あたかも民法第一一〇条にいう代理人が権限外の行為をした場合に類似しているから、その意思表示を受領する相手方において使者が権限ありと信ずべき正当な事由が存した場合には、同法条の類推適用により、本人について使者がした意思表示の責任を問い得るものとすることは十分に考えられるところである。しかし、このような場合においては、本人において表見代理の法条の適用を受ける要件であるべき基本代理権の授与が否認されているのであるから、表見代理の成立に際して基本代理権の存在を必要としている前記法条の趣旨にてらすと、法律行為をなすべき権限の授与がない使者が権限外の行為をした責任を本人に帰属させるためには、第三者が権限ありと信じた正当な理由の有無の判定について、一般の表見代理の場合に比し、より慎重な判断が必要なものと解するのが相当である。これを本件についてみるに、訴外柿添昭徳が、原告方へ前掲取引約定書を持参したについては、右約定書に被告幸島の自筆による署名ならびに押印があり、また右押捺にかかる被告幸島の印影が同被告の実印であることを証する印鑑証明書も同時に持参されたものであることはさきに認定したところであるけれども、訴外柿添が従前から被告幸島の使者として行動し、原告、被告幸島間に法律行為が有効に成立していたことが、或いは原告において、訴外柿添が被告幸島において正当な権限を与えた使者である旨の調査を遂げたとかして、前示の外形的事実以外に原告において訴外柿添昭徳が、訴外有限会社玉名工業を主債務者とする被告幸島の連帯保証の意思表示を伝達する正当な使者であったと信ずるに足る事由を備えていたことは、本件にあらわれた全証拠をもってしてもこれを認めるに足りないのである。したがって、原告は、前示のように訴外柿添昭徳が被告幸島の署名押印のある取引約定書および前掲印鑑証明書を持参した外形的な事実のみで同訴外人を権限ある使者と判断したに過ぎないものといわざるを得ないところ、このような事実のみでは、既に特段の事情がない限り原告において訴外柿添昭徳が権限ありと信ずるに足りる正当な事由を具備したものとはいい難いというべきであり、他に右の判断を覆えして正当な事由が存在したものと解させるに足る特段の事情があったことを認め得る証拠はない。

(三)  してみると、被告幸島の本件連帯保証については表見代理の法条の類推適用の余地はないものというべきであるから、前示のように被告幸島の連帯保証の意思表示は要素に錯誤があったものとして無効のものというべきであり、原告の請求は失当に帰するといわなければならない。

第二、被告小島に対する予備的請求に対する判断

(一)  被告小島が昭和三六年六月二〇日から昭和三九年七月六日まで訴外有限会社玉名工業の代表取締役に就任していたことは当事者に争いがないところ、被告小島が、設立の当初から訴外会社の業務執行を訴外柿添昭徳に一任していたことはさきに被告小島に対する第一次請求に対する判断として判示したとおりであるが、さらに証人柿添昭徳の証言、被告小島昭久本人尋問の結果によると、訴外柿添昭徳は、同訴外人の父の訴外柿添徳次の経営にかかる訴外日東工業株式会社の下請等を行う目的で訴外有限会社玉名工業を新設することを計画し、設立の形式を整えるために大学の先輩である被告小島に取締役に就任することを依頼したのであるが、その際訴外会社の経営は訴外柿添昭徳自身において行うことを当初から予定していながら、先輩であるということで被告小島に代表取締役に就任を依頼したに過ぎないものであったために、被告小島においても、訴外会社の設立手続および設立後の業務の執行の一切を訴外人に一任し、代表取締役印および、訴外会社の行為に用いるための被告小島の印章をも訴外人に保管させてその使用を一任していたのみならず、訴外会社の業務内容の報告も受けず、訴外会社を訪れたこともないなど、対内的には全く名目上の代表取締役に過ぎなかったため、訴外人が代表取締役の権限を代行して原告と前示のような手形取引約定を締結したことも全く知らずに過していたことが認められるのであり、この認定を左右するに足りる証拠は存しないのである。

叙上認定にかかる事実にてらすと、被告小島は、訴外有限会社玉名工業の対外的な代表者であり、しかも対内的にも業務の執行に従事すべき代表取締役に就任しながら、業務の執行ならびに代表取締役の印の保管を取締役である訴外柿添昭徳に一任して顧みることがなかったのであるから、有限会社の代表取締役として法律上要求される善良なる管理者の注意をもって会社財産の保管にあたるべき義務の履行については、著るしい懈怠があったものというべきであり、その業務の執行について重大な過失があった場合に該当すると解するのが相当である。被告小島と訴外柿添昭徳との間の前示のような内部的な協定が存在したことも右の判断を左右するにはたりないといわなければならない。

(二) そこで原告の損害賠償請求の当否について検討すると、有限会社法第三〇条の三は有限会社の取締役が職務の執行をするについて、悪意または重大な過失が存したことにより、第三者に直接損害を与え、または会社の一般財産を減少させることによって間接的に第三者に損害を与えた場合に、悪意または重過失にもとずいてした職務執行行為と相当因果関係のある範囲の損害について、取締役個人にその損害を賠償すべき義務を負担させる旨を定めたものと解すべきものである。

ところで本件においては、原告と訴外有限会社玉名工業との取引が、前示のように、訴外柿添昭徳が代表取締役の権限を代行して前示手形取引約定を締結したものであり、被告小島が右の約定の締結を全く知らずにいたことについては前述のように被告小島の重大な過失を論ずる余地があるにしても、権人柿添昭徳、同田中富雄および同大松節朗の各証言によると、原告においては、右の手形取引約定の締結については、その締結以前に訴外会社から割引取得した訴外日東工業株式会社振出の約束手形が無事に決済されたことにもっぱらの信用を置いて前示約定を締結したものであり、訴外会社の代表取締役である被告小島の信用について特別の調査をした形跡もないこと、また爾来原告と訴外会社の取引はすべて訴外柿添昭徳が訴外会社の代表取締役の権限を代行してその衝にあたりながら、昭和三九年八月頃訴外会社が訴外日東工業株式会社とともに倒産するまでの間、約三年間にわたって特段の事故もなく継続されて来ていたものであることが認められるのであり、この認定を左右し得る証拠は存しない。

このような原告、訴外会社間の手形取引約定の締結ならびにその後の取引のいきさつを考えるときは、さきに認定したように、原告が訴外会社との右約定にもとずいて割引取得した約束手形四通が振出人に支払を拒絶されたうえ、訴外会社が倒産したことによりその買戻金の支払を受けられない事態が到来していることが認められ、しかも成立に争いのない甲第八号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める甲第二号証ないし同第五号証の各一、二によれば、右の不渡になった約束手形のうち、被告小島に対する第一次請求原因第二項記載(一)ないし(三)の三通が、被告小島が訴外会社の代表取締役に就任している間に原告において割引取得していることを認め得るとしても、右の約束手形の支払拒絶ないし訴外会社の買戻債務の事実上の履行不能によって原告が蒙った損害は、被告小島の前示のような重大な過失にもとづく職務執行行為と相当因果関係の範囲内にある直接損害に含まれるとは解し難いというべきものであり、また右の損害が、被告小島が前示の重大な過失にもとづく職務執行により、訴外柿添昭徳の放漫な経営を放置し、ひいて訴外有限会社玉名工業の一般財産を減少させた結果原告において蒙った間接損害であることについては、これを具体的に認めさせるに足る何の証拠も存しないのである。<以下省略>。

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